若しくは、そのようなことを書いてあるHPを
教えてください。
肉親が「そう長くないので覚悟しておいて下さい」と、医者に言われました。
きっと後悔のない別れは無いと思いますが、
出来る限り後悔をしたくないので、ヒントを欲しいのです。宜しくお願いします。
大好きだと一言・・・・。
それを言いたかったです。
私は父と、あまりいい関係ではありませんでした。
もちろんケンカしていたわけではなく、
普通に暮らしてはいましたが、
どこかに壁があって、
打ち解けられない不自然さを感じ続けていました。
そして父は、何の前触れもなく、突然逝ってしまいました。
突然外で倒れて、それっきりです。
何の挨拶もせずに出かけて、それっきり。
せめて、行ってらっしゃいの一言くらい交わしたかった。
いや、せめて普通の生活の中で、
ありがとうの一言くらい言いたかった。
いや、もしも時間が戻せるのなら、
ありったけの勇気を振り絞って、
お父さん大好きだ、愛してると叫びたかった。
そう思います。
父が私のことをどれだけ愛してくれていたか。
それは当時から分かっていました。
でも、自分からは全く、それを表現できなかったんです。
もし「大好きだ」と言うことが出来たら、
父はどんなに喜んでくれたことでしょう。
父が召されてから、もうずいぶんの年月が経っています。
それでもいまだ、それだけが心残りです。
どうか、ありったけの愛を、言葉で、そして行動で、
表現しきってください。
愛し抜いて見送れるなら、悲しくはあっても、
後悔だけはしないで済むはずですから・・・・。
ずっと病院でした。
生前に、一度でいいから、自宅に帰らせてあげたかったです。
闘病してから家に帰れず、病院で息を引き取りました。
未だに悔いています
大変だったでしょう。お気持お察しします。
うちも末期らしいので、下手すると
家に帰れないかもです。
心に留めておきます。
贅沢(=ぜいたく)
何でもいいから贅沢三昧。
本人が喜ぶ分野の贅沢。
着道楽、食道楽・・・
これに尽きるのではないかと思いますが・・・
いかがでしょうか。
ありがとうございます。
そういったら贅沢なにもしていないかも。
何を喜ぶかもう一度考えなおしてみます。
4年前に母親が癌で亡くなりました。
最後は延命治療をしなかったので数ヶ月の余命というのもわかっており、自宅療養で痛み止めのみでした。(当時自分は25歳)
何をしてあげればよいか自分でもわかりませんでした。
会話はごく普通にできますが歩けないくらい衰弱している姿を見ると本当に何もできないものだなと・・・。
自分がしたことは
・母が自分に話しておきたいことを母親に正直に聞きました「伝えておきたい事ある?」という風です
・あとはどういう風に自分を育てようと思ったの?とか聞いたり
そういう話を母親にする事自体、非常につらかったですが、亡くなってから、もっともっと「会話をしておけば良かった」と後悔しています。
あと、一緒に写真を撮ったり、ビデオとかも撮っておけば、現実的に後で思い出せたのになぁと。後悔している事ですね。
自分は母親の思い出を写真でしか残せませんでした。
・・・すいませんあっちこっちで。こんな感じでしょうか?
ありがとうございます。
離れて住んでいるので、話していないこと
いっぱいありますね。よく考えると。
よく考えて見ます。
辛いお気持ちお察しします・・・。
私の場合ですと母親が癌で余命6ヶ月だと分かっていたにもかかわらず、最期まで何もしてあげず、何も言ってあげられなかったことが後悔ですね。
たとえ特別なことをしてあげられなくても、産んでくれてありがとう。大好きだよ。って言葉くらいは掛けてあげたかったのに逃避しちゃったんですよね。
逃避したい気持分かります。
でも今向き合わないと後悔しますよね。
よく考えて行動します。
ありがとうございます。
こういうHP探していました。
心の中を整理する為に読んで参考にしたいと思います。
誰かが側にいてくれるほど心強いことはないと思います。
だから、残りの時間をできるだけ共に過ごすことが大切ではないでしょうか。
一緒にいて会話するなり、お世話するなり、病室から動かせるなら外で出てみてもいいでしょうし、遠出ができるなら旅行とか…。
ありがとうございます。
大好きだと一言・・・・。
それを言いたかったです。
私は父と、あまりいい関係ではありませんでした。
もちろんケンカしていたわけではなく、
普通に暮らしてはいましたが、
どこかに壁があって、
打ち解けられない不自然さを感じ続けていました。
そして父は、何の前触れもなく、突然逝ってしまいました。
突然外で倒れて、それっきりです。
何の挨拶もせずに出かけて、それっきり。
せめて、行ってらっしゃいの一言くらい交わしたかった。
いや、せめて普通の生活の中で、
ありがとうの一言くらい言いたかった。
いや、もしも時間が戻せるのなら、
ありったけの勇気を振り絞って、
お父さん大好きだ、愛してると叫びたかった。
そう思います。
父が私のことをどれだけ愛してくれていたか。
それは当時から分かっていました。
でも、自分からは全く、それを表現できなかったんです。
もし「大好きだ」と言うことが出来たら、
父はどんなに喜んでくれたことでしょう。
父が召されてから、もうずいぶんの年月が経っています。
それでもいまだ、それだけが心残りです。
どうか、ありったけの愛を、言葉で、そして行動で、
表現しきってください。
愛し抜いて見送れるなら、悲しくはあっても、
後悔だけはしないで済むはずですから・・・・。
そう言えば充分に礼を言ってないですね。
考えれば考える程、全然伝えれきれてないです。
もう少し良く考えて見ます。
そう言えば充分に礼を言ってないですね。
考えれば考える程、全然伝えれきれてないです。
もう少し良く考えて見ます。