どなたか論理的に「こうこうこういう理由で子供に性について触れさせるのはよくないんだよ」ということを教えて頂けないでしょうか。
(レイプとかそういうことではないです。あくまで教育上良くないとされる、例えばテレビでのエロ番組や、父親のエロ本やエロビデオを隠すべきとか、そういう類の話です)
あなたが「体験や知識」と併記されているように、この2つは密接です。
特に性の問題は本来的に興味をそそられるものであるし、
「知識」の段階で理性的に歯止めをかけることが難しいものです。
例え、その性行動自体やその結果についての社会的意味や責任の所在、
性病などのリスク等を知識として教えたとしても、
精神的に発達途上である子供にはその好奇心や性衝動を抑制する事も困難です。
(いい大人でも自制心のない方々も多々いらっしゃるようですし…)
酒やタバコだって身体に悪いと教わっても、吸ってみたくなるものでしょ?
これらは(比較的)リスクも悪影響も個人レベルで収まる範囲のものなので、
小中学生あたりが嗜んでも、ちょっと小言を言ってやれば済む程度のことで
さほどどうということもないですが、相手ありきの性行動についてはそうはいきません。
自慰行為だけで満たされるとは限らず、さらにエスカレートしてしまうことが
十分にあり得るとは思いませんか?
「レイプやそういうことではない」と質問文中に書いていらっしゃいますが、
エロ番組やエロ本の延長線上(時には同列)にそういったものが存在してもいるわけで、
逆に言うと、そういったことを教えないことの方が問題になり得るでしょう。
使い古された言葉の換言になりますが、やはり、己の行動の結果が把握でき、
ちゃんと責任を取れる年齢になるまでは、ある程度知識に対する防波堤が必要であると
考えます。(ネット全盛の現在では正直無理でしょうけど…)
あまりに早い時期だと親の威厳と生命の尊厳が理解されなくなると考えられるからです。もう少しいうと、正常な家族生活、社会生活を営む邪魔になるのです。「クールビズならなぜ夏は全員裸で歩かないの?」という問いの答えを考えればヒントになるでしょう。エロって他人からみるとみっともなくて迷惑で滑稽な場合さえあり、でもオトナ本人にとっては快適で必須なこと(これ重要)ですからね。オトナの情緒的弱点を子供に教えると、子供(実は弱点をもたず精神的に最強)を適切な方向へ導きにくくなります。この弱者への無理解と、その他のオトナの行動のゆがみが、同時にインストールされることを指して「トラウマ」と定義されることさえもあります。
かといって親が隠し通し他人(学校以外、親戚も含む)から教わるのは、もっと問題があります。
ある年齢に達した子供は興味をもてば自分で適当にそのへんの本などからはしばしを読み取って知識を吸収するでしょう(一を聞いて十を知る)し、自主的に調べること自体は罪もないと思います(本人は罪であるかのように思い勝ちですが、ちゃんと社会に対して自分のプライベート部分を隠し通せれば、別に罪はないと思います)
親としては、最初に触れる作品(オトナ像)があまりゆがんでないようにと願いつつ分煙と同じように趣味範囲の分離すみわけを整備させて行きたいところです。
んー。これも同じですねぇ。
質問にあります通り、私は小さいころから知っていましたけど、自分にとって悪いことは何一つなかったと自分では思っているんですよねぇ。
一言付け加えさせていただきますと、家庭や社会が性のことをちょっと禁忌的に扱うこと自体が
いわゆるエスカレートに対する一番の歯止めになっているわけですよ。
yumekosoさん自身には問題なかったとはいえ、
「おっしゃることはわかる」とコメントなさっているように、
社会全体で見ると、まぁ、そういう風潮がそれなりに役立ってはいるということです。
それにぃー、あまりにそういったことがオープンな感じになってしまうと、
なんでもちっともエロくなくなっちゃいますよ^^;
例えば、極端な話、算数とか国語みたいに「性」の授業が毎日あったりしたら、
なーんにも面白くなくなります。
そうそう、以前私がした下記の質問をみてみてください。
視点がちょっと変わって参考になるかもです。
知識を得たからといって、本当にエスカレートするのでしょうか。それがどうも「わかるけど、実際ほんとなのかなぁ」と思うところですね。
関連質問でも続々と結構早熟の方が出ておりますが、みんながみんなエスカレートしているとも思えませんし。
この質問のきっかけは、今の子供たちのことなんです。ネットで見放題なわけで、社会がどんなに禁忌的に扱ったところで、たぶん防げないと思うんですよ。今までより圧倒的に簡単だから。
じゃぁ彼らの時代はエスカレートするのかなぁ、と。するような気もするし、しないような気もするし、そういう新しい時代の性教育もしくは社会システムが生まれるのかもしれないし。
子を持つ親として、どうしてあげればいいのかな、と。あまり自分の体験だけで子供に接するのもどうかと思いまして。
じゃあ、逆に考えると、あなたの場合は、別に早くもなんともなかったのです。
私の定義する早すぎるとはこういうことです。
・中国でエロビデオを祖父が孫の少年に幼少期から見せつづけたため、母親や保母を隙あらばレイプしようとするようになり、精神病院に収容された子供がいる。(X-orgの記事より)
・自然発生的近親相姦(妹と兄が両方小学生。2ちゃんねるまとめサイトの記事より)
という事例がありますし、十分事実と想定できる事例といえます。下手に知恵と行動力がつくと普通の子供でさえ24時間の監視を必要とし、ほかにも金を稼ぐとか家事とかいう重要な使命をもつオトナにとっては手に負えない存在となります(西原理恵子の「ああ息子」という漫画本を参照)。
んーちょっと論点が違いますね。
例としてあげて頂いたのはごくごく一部の例外であると考えるのが妥当ですし、それが「教育」や「性」と直接結びついているなんて事はまったくわからないわけで。
例えば上の例の
> 幼少期から見せつづけたため、母親や保母を隙あらばレイプしようとするようになり
「ために」と断言してますが、なんでやねん、と思うわけです。もしこの子が精神病なんだとしたら、それは単に精神病だったからそうだったわけで、教育も性も関係があるとはこれだけでは言えません。
ここではちょっと言えませんが、私も具体的に「行為」として小1の前には体験しています。いろいろなことを。
でも、私は犯罪を起こした事も、起こそうとしたこともありません。精神に疾患があるとも思えません。
私は体験したことを知識として吸収し、中学生の頃にはこの貴重な体験を「ネタ」として他人に話しています。
ですから少なくとも私にとっては早めに性知識を得たことがマイナスになっていないですし、それによってエスカレートしたとも思えないわけです。
もしもあなたがおっしゃるような性の知識や体験と行動に直接的関連性があるなら、私は特殊ということでしょうか?
何ら害はないと思います。普通は。80人に79人までは。
ただ80人に1人くらい、そういう事にごく繊細だったり認識の歪んでたりする奴がいて
性に対して絶大な嫌悪感を持ってしまったり、ごく軽薄で簡単なシステムだと誤認したりする。
それが云うところの「害」なのではないかと思います。
ごく発症性の低いウイルスのようなところがあるんだと思います。
頭が普通程度で心が普通程度の感度であれば発症しないような、弱いウイルス。
しかし僅かなりとも発症者がいるからには予防しようや、という。
質問者さんは上記の大多数79人の方なのでしょう。
性的な体験という事では「両親が寝ている所を目撃する」という体験は
結構な確率でトラウマになるようです。余談です。
なるほど。でも教育を含めた社会システムって(やむを得ずでも)大抵その79人を対象にしますよね。なんで性に関しては1人のことに気を使うのでしょうかね。
難しいですね。
小学生の時にいろいろ教えられても、子供にはショックが大きいし受け止められずに理解できません
ショックがある部分もあるということじゃないでしょうか
ん?成長してから知ったからショックがなかったんですかね?違うような気もしますがどうなんでしょうね。
私の友人の21才の女性で、そういうことを今までまったく知らなかった人がいるのですが、その事をしらずに知らずにエロトークをかましていたらかなりのショックを受けていましたけども。
再・79人対象なのかな?と思ったので
性(と暴力)が目立って大きな負の部分だからじゃないでしょうか。
ある意味では1人を「害」から守っているのではなく
一般市民な79人を「二次被害」から守っているとも云えなく無いです。
乱暴な云い方をすると、犯罪者の芽を育てない為の、潰す為の防壁。
あと、子供には保護者というものがいて、保護者にとっては全ての子供が
それぞれに大切であり、またその子供が発症するか否かの判断は容易ではない為
「1/80とはいえ発症するかもしれないから、予防しなきゃ!!」という動きが生まれます。
これは1/80を対象にした社会システムというよりは、1/1を対象にしたそれぞれの保護者が
防壁の隙間を極力埋めようとした結果、一種のシステムの形をとるようになった、と。
でそのシステムが同時に上記「二次被害予防」の多数擁護の役割も担う、と。
そんなかんじではないかと思います。
なるほどそれはそうかもしれない。
私は性に対してオープンな方がいいと思ってる人なので(最近のセクハラに敏感すぎる世の中は私には住みづらいので)、何とかならんもんかなーと思いますねぇ。
ほとんどの人間は歳を重ねていくほど、刺激に対する受容度が大きくなっていくものです。
既出の回答の中には79人の中の1人に害があるからいけないとありますが、年齢が低いほど性の詳細な情報を得ることによる
リスクが大きくなると考えられます。
アダルト関係の情報を得ることができるのは現在法律で18歳以上からとなっていますが実質的には崩壊しています。
パソコンの扱える小学生なら、たやすくアダルト情報を得られてしまいます。
最近の子供は、いい面でも悪い面でも大人びている反面、自制心に欠ける傾向がみられます。
建前でも規制をしていないと人間の欲にはきりがない傾向があるため、情報を出す側も受ける側もより過激さを求めるようになるでしょう。
本来は親がきちんと子供を教育できていれば、どんなに情報が氾濫した中でもまともに育つのですが、それが今の家庭ではできていない場合が多すぎます。
だから規制は解除できないというのが私の意見です。
んー一番納得したかも。
現在の社会では、性犯罪の低年齢化の原因はインターネットの普及による情報氾濫によるものだという見解がされることが多いように感じます。
子供のうちから性行為がどういうものかを知り、そして興味を持てばそれをしてみたくなるのは当然ですよね(性欲というのは本能の一部ですし、子供は好奇心旺盛ですので)。
んで性行為にばっかり目がいくものだから避妊の重要性だとか性病だとかのリスクについてしらずに行ってしまったり、自分の性欲を満たすために大人の道具になってしまったりとしてしまう、それはいけないことだ、というのがよく見聞きする説明でしょうか。
しかしながら、インターネットの普及以前から子供が性について触れることはタブーとされてきました。たとえば昔のドラマなどで性行為について「いやらしい」だとか「不潔」だという言葉をよく使っていたように、です。
それについては以下のサイトが詳しく説明しておりますのでごらんになって下さい。
http://www.catholic-teachers.com/jo.htm
「純潔教育」の結果、性行為をタブーだという大人が増え、それが伝播しているものと考えられます。
それ以前だと、もう少し性に寛容だったんじゃないでしょうか。精通や月経というものによって大人と見なされるからです。
それがない「子供」にはまだ早いことなので、「大人になったらわかるよ」程度にしか考えてなかったんじゃないのかな、と。
先に書いたこととダブりますが、「何故いけないのかという話をしていない、快楽としての偏った情報源」に子供が触れることはよくないんじゃないか、とは思います。「面白そう」と思って実行する子供が出てくると望まぬ妊娠や病気になるリスクが出てきますし、間違った知識で相手を傷つけてしまったりということが考えられるからです。また、性犯罪に巻き込まれたり加害者になってしまう少年たちが出てくる可能性も大きいでしょう。
性行為について強烈な嫌悪感を感じ、大人になってからもそれに苦しめられる子供が出てくる可能性も否定できません。
http://www.forum3.com/projects/alt/column/thread204/2003031401.h...
理想としてはきちんと理解できる年齢になってから正しい知識を得ることでしょうかね。
その点、オランダの性教育って日本のような禁欲教育的な物よりもいいような気がします。
それに対応できる、親がなっていないことが多いからです。
学校側も追いついてきていません。
性教育がまだ完全に確立されていないとも言えるでしょう。
「ぼくはどうしてできたの?」という問いに対して「それはセックスしたからだよ」「セックスってなに?」と問いかけられたら、困ってしまう親が多いでしょう。セックスには、テクニックが必要だからです。
だから、教育上よくないということになっているのでしょう。
性教育を児童や生徒向けにするとともに、「子供に対してどうやって教えていくか」も、義務教育の最後あたりに入れたらいいと、私個人としては思います。大切なことですから。
私は専門家でもありませんし、どのような対応を子にとったらいいのか、もわかりません(現在子持ちではないです)。
子供が性の知識を得ることは悪いことだというのは、そういった上での社会のとりきめにすぎません。
私は、科学が進んだ今日、自分のからだのしくみや生殖のしくみについて子供が知ることは、悪いことだとは思っていません。ただ、うまい教え方がわからないのは事実です。
画期的な性教育が確立されれば、それも変わってくるのでは、と思います。ただ、大人はそこのあたり、面倒くさがりだし触れたくないみたいだから、文部科学省あたりも、このままでいっちゃうのかなぁ。
「子供が性についての体験や知識に触れることは教育上良くない」という言い回しには二つの目的があるように見えます。
1)子供が性についての体験や知識に触れることは良くない
2)子供が性についての体験や知識に教育上良くない形で触れることは良くない
まず1)ですが、これは親が責任取りきれないものは子供にやって
ほしくないから出来ればその存在すら知ってほしくない、と言うことでしょう。別にSEXに限った事ではないですね。
・SEX>子供が出来ても作った本人に養う力がないため、親の負担UPで困る
・酒>体調、判断力が変化するため、何かしでかす確立UP⇒親の負担UP
・ギャンブル、タバコ>依存性が高いために金や時間がかかるのを自分の意思でやめることが出来ない可能性がUP⇒親の負担UP
(雇用の年齢制限などは別の理由ですが・・・)
ここでいう「子供」の定義は「親の庇護を必要とする=何かあったら親の責任」でしょう。
子供が性について云々~の言い回しは、この考えを提唱し、支持する人たちの責任を取ろうと思っている範囲が単にそれより少ない、ということでしょう。何歳であろうが自分で責任を取れる状態であれば何も制限は受けないべきで、そうでない場合はいくつになっても責任者による制限が必要なのではないでしょうか。
で、次の
2)子供が性についての体験や知識に教育上良くない形で触れることは良くない
についてですが、「初めて見たものが次に見るものの暫定的な評価基準になる」というわれわれの頭の仕組みからいうと理にかなっていると思います。初めて見た親父のエロビデオがレイプ物だった場合、それがその人のスタンダードになってしまい結果社会に悪影響を与える事は予想できます。
こういったスタンダードの例として、親が離婚している家の子供は離婚率が高いことなどが例に挙げられます。親が離婚しているから子供も必ず離婚するわけではないですが、確実に比率は上がる、と。
上記のような理由がごちゃ混ぜになって「子供が性についての体験や知識に触れることは教育上良くない」という言い回しがあるのかな、と思います。
ただ、yumekosoさんが懸念されるように、インターネットによって情報の流通が高まったため見せたくない情報を隠すことは困難になってきていると思います。そこで次善の策としてそういった情報に興味を持って自分で探索しだす頃に先手を打って正しい(どう正しいかはその時代によるでしょうが)性知識を提供することが必要だと思います。
yumekosoさんの仰るとおり、「教育上良くない」との主張は科学的に根拠がある議論ではありません。「知識欲を抑制される事の方が私の人格を形成する上でよっぽどまずいこと」という主張の方がむしろ科学的な根拠は示し得るのではないかと思われます。
議員や政府の中にも「性教育は良くない」などと言い出す人がいて、政府が「性教育の見直し」に動いているようですが、その結果として「ヒニンってなに?」「リンビョーってなに?」という具合に、避妊やSTD(性感染症)そのものをまるっきり知らない子どもたちが大量に生産されておりまして、そうした政府の無策の結果として若者たちの間で性感染症や望まぬ妊娠が急激に増えていることが統計的に確認されています。
若年世代に広がる性感染症
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2004/0228/nto0228_11.html
県内でクラミジアなどの性感染症が、十代、二十代の若者にまん延していることが、県STD(性感染症)研究会が行った性感染症の動向調査で分かった。同研究会の蓮尾豊代表世話人(弘前レディスクリニックはすお)は「性体験は低年齢化しているが、若年層の性に関する知識は乏しい。中高校生に性感染症も含め、正しい性知識を教える必要がある」と話している。
「教育上良くない」と言っている人の話をよく聞いてみると、教育学や社会学的な、科学的な根拠があってそう主張しているわけではなく、その人自身の宗教的価値観に照らして「良くない」と言っているにすぎないことが多いです。
つまり、「宗教的に良くない」と言っていることが多い。宗教的に悪だと彼ら/彼女らは思っている。だから「悪だ」と言うのです。
しかし、彼ら/彼女たちは「神様が悪いと言っているから悪いのだ」とは言いません。「神様の命令だ」といえば「それはお前の信仰の問題だろう」で終わってしまうからです。だから、彼ら/彼女らは自分の価値観であるとは言わずに、世間様の命令だということにしておきたい。そういう願望の表明が「教育上良くない」という言葉になって現れているのでしょう。
男権的・封建的な性道徳を持つ一部の自称道徳的な父兄を中心に、昔から「寝た子を起こすな」理論というのがありました。しかし一方で、そういう父兄も夜になれば性風俗の店を利用し、性風俗店が繁盛し、不倫し、離婚するなどといった現実があります。
そういう“性の現実”を現実として子どもに認識させないことで得られる「親の威厳」のようなものを必要とする親がまだ日本にはいる、ということなのではないでしょうか。
カトリックの宗主であるバチカン(ローマ法王庁)が、HIV(エイズウイルス)感染防止のため避妊具使用容認を検討し始めているという情報があります。
バチカンが方針転換 避妊具使用容認か
神の言葉を伝えているバチカンでさえ時代に対応しつつある状況です。「性についての体験や知識に触れることは教育上良くない」という議論は、時代錯誤的な認識であろうと思います。
なるほどありがとうございます。
世相や社会的な事情によるものが多分にあるということですね。
確かにそうかもしれない。
自分のオヤジがその辺かなりオープンで、今日は女子高生とやっただの、フェラテクはこう教えろだのよく喋ってました。私はそれを嫌だと思ったことがなかったもんで、なんだか違和感感じるんですよね、「教育上」ってやつが。
まぁ、うちが特殊だったのかもしれないですけども。
おそらく子供は無垢であるという子供感やイメージが大人にはあって(実際もところは無垢でもなんでもないんですが)、その反面では性に関する知識や経験は本来は大人のものであると考えられていて、そは無垢な子供象を損じるからではないでしょうか。
だから例えば、大人は―と言ってもいろいろいますが―往々にして小中学生の段階で初体験を済ませたり、中絶したりするのに嫌悪感を持つのではないでしょうか。
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んー。おっしゃることはわかりますが、自分と照らし合わせると納得感はないですねぇ。