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SFWJ:member-ISHIHARA-FUJIO
石原藤夫氏の「画像文明」という作品だと思います。
(該当本が、手元にないのでややあやふやですが、提示しましたURLに、石原氏の著作リストがあります。
*栽培文 *
この短篇だけ、まったく世界観が異なる。いったんコンピュータなどが滅びた世界。人は音声や文字による意思伝達を止めており、《言葉ポット》という道具のうえに意思のツリーを栽培して相互に意思を伝達する。
本書は全体としてはあまり好きではないが、この短篇だけは特別だ。これだけのためにお金を出してもよいくらい。
「意思を伝えるために、ツリーを育て、誤った言葉があれば選定し、枝振りがおかしければ矯正し…」という姿は、まさに神林の作文論の凝縮体だ。
「言葉の森に 新しい言葉を刈り取りに行く木こり」とは、なんと美しい設定だろう。
主人公の娘が祖父の言葉を止めさせるために、己の言葉断片によって祖父の意思ツリーを壊すシーン。ここにて、言語活動の持てる力を再確認した。
「おなじ“ごめんなさい”でも、本当の感情が違えば、ツリーはこんなに違う」「この“ごめんなさい”を、真に保管したい。なぜ意思ツリーは取っておけないのか」という娘の想いに、純粋に打たれた。
娘に対する父親(木こり)が取った「マジメで愛情ある態度」が物語の品を高めている。
私は、この少女が文字や本を再発明するのかと思った。しかし、彼女が獲得したのは、not文字、not言語、not録音であり、but言語そのものだった。−−みごとなファンタシーとして締めたものだ。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122035945/hatena-q-22
Amazon.co.jp: 言壺 (中公文庫): 神林 長平: 本
そうですか。言壺ですね。
読んでみます。ありがとうございました。
画像文明!
うーむそうですか。
調べてみます。ありがとうございました。